『エロゲーとわたし』 連載第十二回

 2000年6月16日。

 あるゲームのファンブックを買った。勿論私費で買った。2500円(外税)もした上に、豪華なプラスチックカバー付きで、ヒロイン毎の分冊である。やはり人気のゲームだけあってやる事が豪華である。

 やっぱりこーゆーゲーム作って儲けなきゃ駄目なんでしょうか。でも俺は基本的に、不幸、虐待、加虐、馬鹿でゲームを書いていく『女郎蜘蛛』と『MAID iN HEAVEN』の人だから、感動にも萌えにもファンブックにもとんと御縁が無くて、ただただ羨ましかったです。
 僕の汚れちまった心には、白い雪が眩しすぎるのです。
 そりゃさ、俺だって初回版を手に入れるために、出勤前に秋葉原へ朝イチで行ったけどさ。

 という所で、今週の『エロゲーとわたし』に、どーんと行ってみましょうかね。

 深夜のストーンヘッズ社内で俺は唸っていた。
 目の前には液晶画面が、妙に目に痛い光を放っている。
 タイムカード横の小さな机にノートパソコンを載せて、そこでシナリオを打っているのだ。耳元で鳴っている音楽は『ダンバイン とぶ』がループでエンドレス。社内には他に人影は無い。間欠泉の様にキーボードの音が連続したと思うと、ぱた、と止まる。立ち上がって歩き出す。社内にある本棚を漁る。『ガクエン退屈男』を読みふける。席に戻る。また打つ。暫く打って力尽きる。机に突っ伏して寝てしまう。

 先々週書いたが、『エレクト大戦』は、なかなかに難儀なゲームであった。
 俺が参加した時、原画家は途中でエロシーンの原画を残してFADEOUT。
シナリオライターは匙を投げた状態で、出来ているのは音楽と戦闘システム位だった。戦闘システムが出来ている、と言っても、チップキャラやマップは未だ無かった。在る物より無い物の方が圧倒的に多い状態。
 俺とて勝算あって始めた訳では無い。そんな物持てる実績が無い。というか俺個人の感情など問題では無かった。会社には他に空いているシナリオライターがいないという単純に物理的な問題。外注として作っているゲームだから、投げ出す訳にはいかなかったのだろう。
 そうでなかったら、海のものとも山のものともつかないド新人に、当時としては大作だったゲームのメインシナリオを任せるものか。

 プロット、シナリオと平行して字コンテ、絵コンテ、原画の作業も始まる。何もかも押していた。
 俺が書いた字コンテを、上田Kさんが絵コンテにしてくれた。絵コンテまでやらせたら、時間が掛かって掛かってシナリオ作業が遅れる上に、出来た絵コンテも下手糞で役に立つまいという上層部の判断が、この作業分担を生んだのだろう。
 自分のイメージが目の前で絵になるのは、とてつもない愉悦。而も自分が描かなくていいのだから、楽しい。その上、自分で描ける絵コンテより遙かに旨いのだから、尚楽しい。にやにやと笑いが込み上げてくる。
 このコンテが原画家に渡され原画となって返ってくるのだ。本来ならエロシーンを描いた原画家(実は、最近上映中の某大作アニメの作画監督。FADEOUTしたのには色々と不幸な行き違いがあったらしい)に、このコンテが渡る筈なのだが、韓国だが上海だかに行ったとかで連絡もつかない、そこで社内の原画家をピンチヒッター登板させる事となった。

 ここで登場するのがキリヤマ太一(以下キリヤマさん)。

 キリヤマさんとは後に『輪恥』、『MAID iN HEAVEN』で、原画家とシナリオライターとして組む事になる。これが初顔合わせであった。
 彼は当時から顎にも口にも髭があり、腕も太く、恰幅も良く、どう見ても俺より年上で、正直怖ろしい人だったのだ。
 俺は上がってきた原画を見るのが好きだ。『犬』の時から今に至る迄それは変わっていない。だから絵コンテが原画になって返って来ると、すぐに見せて貰う。
 ある時、主人公の片思いの相手である佐藤いちごが「クラブ対抗美少女コンテスト」の会場でインタビューされている絵が上がって来た。
「このいちごちゃん、エロシーンのいちごちゃんより可愛いですね」
 と身も蓋も無い正直な感想を述べると、猫田さんが答えて
「ああ、これ。これキリヤマ君が描いたんだよ」
「ええっっ? あの人が?」
 失礼だが意外だった。
 『学園ソドム』のおまけディスクでキリヤマさんの原画は見た事があったが、正直印象は薄かった。絵より、田所さんの書いたお馬鹿でハイパーなシナリオの方が印象に残っていたからだ。
 実質的には、これがキリヤマ原画の初体験。蒼いときめき。
 とにかく女の子が可愛い。ふっくらとしていて触り心地が良さそうなライン。
 当時は、あの恐い顔といちごちゃんが結びつかなかったものだ。人は見かけに依らない。こうして日々の暮らしの中で、ことわざとか格言は立証されていくのだ。
 更にもう一枚のいちごちゃんの絵も可愛いかった。
 確か魔王『ゴーチャン』にさらわれる所だったと思う。
 もう一枚上がって来た原画には、困り顔の天使ソフィアと、プリティーな女の子とは180度異生物の梅干しババァが描いてあった。このキャラは主人公達に武器を売りつける亞空間武器商人の『ウメ』。
 神だろうと悪魔だろうと、売りつける物があれば何でも売りつける銭ゲバ因業商人なのだ。而も宇宙人なので、脱皮と冬眠を繰り返して成長する。
「このババア・・・味がありますね・・・これは?」
「これも、キリヤマ君が描いたんだよ」
「へぇ・・・」
 今にして思えば、『輪恥』に登場する唇の厚いブルセラショップの親父やマッドな理科教師の浜野先生、『MAID iN HEAVEN』の頭が気の毒なアイテム屋の親父ジョーなどの濃いキャラ達の先達であったのだ。
 『尤』も後で聞いた所によるとキリヤマさん自身は、この仕事が嫌でたまらなかったらしい。何故なら、元の絵がある以上、それに似せて描かねばならないからだ。

 結局、キリヤマさんは、イベントシーンの原画の半分近くを上げた所で、人手が足りないグラフィッカーに回され、残りの原画はオカダさんと言うアニメーターに描いて貰う事になった。オカダさんは専用の机を与えられ、そこで黙々と原画にいそしむことになったのだが・・・与えられたという机は、何故か俺がいた机だった。つまり俺は追い出されたのだ。
 理由は簡単。当時会社内には空いている机が無かった。だが原画を描くにはある程度作業できる面積のある安定した机が必要だ。だがグラフィッカーの机を空ける訳にはいかない。グラフィッカーにはグラフィックツールを動かす為の、ある程度強力なマシンがいる上に、マウスで作業する関係上、机には一定のスペースが必要だ。小さなスペースしか要らない職種の人間をどければいい事になる。
シナリオライターには取り敢えずノートパソコンが置ける場所さえ在ればいい。
ではシナリオライターをどかそう、とこういう訳だった。

 そして冒頭のシーンになってしまったのである。哀れ社内難民。
 俺の作業の後半は、朝も昼も夜も、この緊急避難場所で行われたのだ。
 最初の内は居心地は悪かった。だが直ぐに慣れた。場所なんてどうでも良い事だった。とにかく書くしか無かった。
 ディスクトップ型のパソコンを置くスペースが無かったので、ノートパソコンで作業を続けた。作業に詰まると、平行して『堕落の国のアンジー』のグラフィックの仕事をしていたMr。Zの部屋に入り込み、ダイナミックプロから貸与された永井豪作品が本棚に並んでいるのを貪る様に読みふけった。
 『グレートマジンガー』、『グレンダイザー』、『いやはやナントモ』、『マジンガーZ』『どろろん閻魔君』、『キューティーハニー』、『凄の王』、『酒呑童子』、『ガクエン退屈男』、『バイオレンスジャック』、『ゲッターロボ』そして偉大な『デビルマン』。
実のところ殆どの作品を読むのは初めてで、やや古い絵柄乍らも、異様な迫力を持つ描線と、魔術的な迫力を持つネームや構図。荒さと深遠さが同居するストーリーに心が震えた。
 ちなみに俺の個人的なベスト3は圧倒的1位が『デビルマン』、2位が『ガクエン退屈男』、3位が『バイオレンスジャック』だった。ちなみにギャク物は余り好きでなかった。『バイオレンスジャック』は最終巻を含めた五冊ばかりが無くて、気が狂う程先が読みたかったが、当時は絶版で買えなくて、無念の涙を呑んだ。
 後で買ったが・・・期待した程で無かったという正直な感想を日記には書いておこう。半村良の大著『妖星伝』も十年ぶりに出た最終巻を読んで、こんなもんを出すのだったら未完の方が良かった!! と思ったが、大体の物は完結なんかしない方が美しいのかもしれない。素晴らしい話のラストには、こちらのイメージを上回るラストシーンが欲しい物なのだ。それを実現するのは並大抵の事では出来ない。

 仕事中のもう一つの楽しみは毎週水曜日午後6時半からの『新世紀エヴァンゲリオン』だった。
その時間になると会社中が熱狂した。
 午後6時15分を過ぎた辺りから、会社中がそわそわしだして、仕事が手に付かなくなる。先週のエヴァについて、あれこれと語り出す。社長が一人社長室に引っ込む。あの雰囲気が嫌いだったのだろう。20分を過ぎた辺りで、皆が会社にあるTVの前に集まり出す。そして誰かが12チャンネルをつける。なんか変身物で三人の少女が出てくる、どうでもいいアニメをやっていたが、誰も見ていない。話しているのは先週のエヴァの事と、今週の予測ばかり。無視よりも非道い扱いを受けたアニメのエンディングが流れ終わると、誰もが息を呑んで画面に釘付けになる。既に前のアニメの事は忘れられている。
 運命の6時半『残酷な天使のテーゼ』の旋律が会社中流れ出す。エヴァが始まる。会社中が静かだ。誰も喋らない。そして興奮の内に三十分が過ぎる。
 エヴァが終わった途端、皆が口々に今見たエヴァについて語り出す。それがまた30分は続く。気が狂っていた。
 『エレクト大戦』のシナリオに絶大な影響を与えた・・・と思っていたが、シナリオを読み返すとそれほどの影響は無い様だった。どちらかと言うと永井豪作品や漫画『マップス』、小説『虎よ 虎よ!!』などの影響の方が濃い。
 だがエヴァは間違いなく面白かった。俺は一回目から虜になった。あれ以降、あれ程の熱狂を味合わせてくれた物は無い。エヴァが無ければ再びアニメを見る様にはならず、『KEY』、『ウテナ』、『Lain』『KITE』、『ベルゼルク』、『ネオランガ』、『トライガン』、『ビッグ・オー』を見る事も無かっただろう。
 エヴァは、『堕落の国のアンジー』のデバッグ中に、あの有名な最終回を迎えて、会社中に失望の嵐を巻き起こすのだが、それはまた別の話だ。

 そんなこんなでシナリオはよろめきながら進んだ。
 だが、その頃には、このシナリオは最後まで書けるぞという、根拠の無い確信が俺の中に存在する様になっていた。『犬』のシナリオ作業中に、雨の見附で感じたのと同じ感覚が、既に降りてきていたのだ。
 降りてくると言うと宗教がかっているが、確かに似ている。悩みに悩んだ後で、不意にやってくるのは悟りと似ている。だが悟りと違うのは、そのゲームに関して確信が湧くと言うだけで、そのゲームが終わると消えてしまうと言う事だ。だからいつでも、俺の人生は、うろうろだ。
 『エレクト大戦』では、その感覚はマニュアルにゲームのプロローグを書いている時に俺に降りて来たのだった。いつでも不意にやってくるそいつは、ゲームの前年度の『クラブ対抗美少女コンテスト』の設営シーンにやって来た。
 主人公と幼馴染みの関係がはっきりと見えたのだ。
 なんと言ったらいいのだろう。とにかく解るのだ。全ての関係を把握した、という奇妙な感覚。図形の証明問題で、思いも掛けない所に補助線を見つけた感じ。
とにかく気持ちがいい。雨の降りしきる空を見上げていたら、突然、青空が見える様な晴れやかさ。あれは癖になる。あの感覚を味わいたいが為に、シナリオを書き続けているのでは無いかと思う事がすらある。あの感覚は不思議な物で、何度体験しても慣れることが無い。シナリオが書き上がったり、ゲームが出来上がったのと同じくらいに気持ちがいいのだ。

 左様言う訳で、俺は眠気覚ましにモカを飲みながら、シナリオを書いた。
 恐ろしい事に、いくら書いても終わらなかった。

 で、今週は、これにておしまい。

BY ストーンヘッズシナリオライター まるちゃん改め丸谷秀人でした。

PS              次回予告!!
          18人のエロシーンはさすがにきつい。
        目は霞み、手は震え、眠くはなるしで七転八倒。
           そこへ現れた強力な助っ人登場!!
         こうして問題はかなり解決されたかに見えた。

             だが、私のシナリオの影に
           余りの誤字脱字悪文の嵐に苦闘する
              人々が居たのだ!!

          アップ前日にもまだシナリオをうち続ける
           シナリオライターの明日はどっちだ?

              そんな訳で、次回。
            何故か書けないロックシンガー

                をお楽しみに。

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